中央付近で選手を応援した(テレビの電波を通じて故郷の親に自分の映像を送ると云った穿った目的も陰にあった。)記憶がある。
まだマラソン全盛期の時代では無かったが、初めての九州の地 福岡での楽しかった生活を思い出す時、福岡国際マラソンは数ある思い出中のでもインパクトのあるものであった。
時代が変わった、時代の趨勢と色々云われているが、残念の限りである。
2021年12月5日 15時21分 陸上競技(マラソン)
ことしが最後の大会となった福岡国際マラソンで、細谷恭平選手が2時間8分16秒のタイムで日本選手トップの2位に入り、パリオリンピックの選考レースとなるMGC=マラソングランドチャンピオンシップの出場権を獲得しました。
このほか4位の大塚祥平選手、5位の高久龍選手、6位の上門大祐選手がMGCの出場権を獲得しました。
優勝は、ケニアのマイケル・ギザエ選手でタイムは2時間7分51秒でした。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20211205/k10013375571000.html
なんで福岡国際マラソン終わってしまうん?
>>3
びわ湖も終わったよな
>>3
マラソン自体の人気低下とか元旦の駅伝の方が人気とかで選手もスポンサーも集まらないとか
>>3
・このご時世スポンサー企業はそうそう見つからない
・エリートランナーのための大会として開催されてて市民ランナーの一般参加の枠が小さいから参加料収入が少ない
・ニューイヤー駅伝や東京マラソンに開催時期が近すぎて国内有力ランナーに敬遠される といった理由
市民マラソンの大会である福岡マラソンとの統合を検討したけどうまく行かなかったとか
>>3
もともとスポンサーのつきにくいのを無理くりやってたんだが力尽きた
福岡はイメージに反して商業規模が小さいのでこの手のイベントをやるのはかなり大変
今までの主催者に感謝するしかない
>>3
>>27
日本じゃ駅伝の方が人気があるからね
ただ、駅伝はオリンピック競技ではないし国際大会すらもなく日本だけでしか開催されていない
昔からよく言われているのが、駅伝のような中距離ばかり力を入れていたら長距離ランナーが育たないと
福岡の冬の風物詩だったのに寂しい
大濠公園でプロが練習してて
プロのスピードにビビった思い出
あら最後の国際だったんだ
大濠花火といい昔から当たり前にあったものがなくなるのは寂しいよな
選抜選手による招待レース、賞金レースでもないものの限界。
市民レースにするか、賞金レースにするか。
70年代から80年代
西欧米で開催された大会には東欧の選手は出場せず
東欧で開催された大会には西欧米の選手は出場せず
冷戦のあおりがこんなところにも影響していた中で、なぜか福岡国際大会だけはどちらの地域からも選手が参加していたため
その年の世界一を決める大会と朝日新聞が自称していた
結局のところ選りすぐられた有名ランナーだけでマラソン大会やるってコンセプトがもう成立しないのよ
市民ランナーを数千数万と集めて各々から参加費徴収して運営するスタイルじゃないと財政的に安定させられない
びわ湖毎日マラソンも同じ理由で大阪マラソンに吸収合併されたしな
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